山辺の道を歩く

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山辺の道(柳本〜桜井)  10月9日

10月の連休の晴れた日、奈良の山辺の道を歩きました。去年の5月に天理市から桜井まで歩いた印象から、柳本から大神(三輪)神社までが気に入りましたので、奈良市から始まる全コースの4分の1(約9Km)に相当する部分を歩くことにしました。
近鉄電車を桜井駅で降り、JRに乗り換えて柳本駅に着いたのは11時前でした。朝出発前に家でのもたつきと電車選択のミスで、予定より1時間遅れでのスタートです。

黒塚古墳
柳本駅から長岳寺めざして東の山の方向へ歩いていきます。途中の黒塚古墳は34枚もの大量の卑弥呼時代の銅鏡が出土したので有名ですが、資料館には時間の関係で入らず、案内板を読んだだけで通り過ぎました。国道169号線を横切り、整備された道案内板や道標に導かれて、崇神天皇陵の北側の稲穂が実る田圃を進んで行きます。
崇神天皇陵北
長岳寺大門(山門)
やがて、天理トレイルセンター青垣に到着します。山辺の道を歩く人たちの無料休憩所で、屋外、屋内にきれいなトイレもあります。展示されている古墳からの出土品を見て、一休みしてすぐ近くの長岳寺の山門を入ります。春はヒラドツツジが境内を彩る花の寺として有名です。
長岳寺の畑のコスモス
地蔵院(庫裏)
(重要文化財)
入口で入山料@300円を納め、塔頭の大和桧皮葺きの屋根を観賞し、中は覗くだけにして鐘楼門から本堂に向かいます。放生池を囲む庭園の見える本堂で本尊を拝し、ボランテイアの説明を受け、写真撮影も許可していただきました。建物や仏像など多くの重要文化財がある、弘法大師開基の品格あるお寺です。
鐘楼門
(重要文化財)
放生池南から本堂と鐘楼門を見る

本尊阿弥陀如来
(重要文化財)

勢至菩薩と増長天
(重要文化財)

拝堂への石段

遠くに龍王山
長岳寺の境内を一巡りして、トレイルセンター青垣に戻り、持参したコンビニ弁当で昼食としました。今日は久しぶりの好天気とあって、大勢のハイカーで溢れていました。
昼食が済むと、早速すぐ近くの崇神天皇陵そばの山辺の道を歩き出しました。
刈入れが始まる
崇神天皇陵東
第10代天皇の崇神天皇は三輪王朝を開いただけあって、巨大な陵墓です。
この周辺は風景が良く東は巻向の竜王山の山並みが田畑の向こうにきれいに見えます。西の方角は陵の緑と奈良盆地が広がります。
山辺の道
柿畑の横を通る
このあたりの山辺道は石畳で、稲穂が垂れる田や赤く熟した柿の実がなんともいえない素敵な農村風景を作っています。
万葉の歌の歌碑も点々とあり、別けても柿本人麻呂の歌が多いようです。
崇神天皇陵東の休憩所の前の歌碑
櫛山古墳とドロ池

柿の木のある小さな峠

熟した柿の実
道にいっぱい落ちてた
コスモスも顔を出す
姿を見せた三輪山
さて、絶好のビューポイントで休憩した後、一度谷間へ下り橋を渡り階段を登って進んで行くと、はるか前方に三輪山が姿を現します。道標を見ると、このあたりが桜井駅と天理駅の中間点くらいなようです。
渋谷公民館の観音堂を過ぎると、巨大な景行天皇陵が見えてきます。
山辺の道南コースの中間点
景行天皇陵東
全国でも7番目に大きい古墳で、(1番は堺の仁徳天皇陵)日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の父親の景行天皇が絶大な権力を持っていたかが想像できます。
蛇足ですが、崇神天皇の子が垂仁天皇(陵は唐招提寺の近くにある)で、景行天皇は崇神天皇の孫で、大和王朝の全国への勢力拡大を行った。
景行天皇陵を北東に見る
渋谷の観音堂

きれいな棚田

龍王山は古の葬送の地であった

ヨウシュヤマゴボウが真っ赤に色づく
三輪山のビユーポイント(額田王歌碑)
山辺の道は少し下り坂になって直角に曲がる辻に出ます。この場所はなだらかな三輪山の全体がはっきりと見え、ハイキングガイドの写真によく登場する所です。私も早速2〜3枚撮りました。残念なことにこのときから、晴れ間が消えだし、三輪山の上空は、雲に覆われていきました。
額田王歌碑の反歌部分「三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなも隠さふべしや
刈られた稲と三輪山(天理市・桜井市境界あたり)
コスモス越しの三輪山
のどかな田畑の道を進むと民家が多い穴師の集落にでます。巻向の山に向かって車道が伸びています。この道を辿れば古代の歴史を伝える相撲神社や武勇の神の祭られている大兵主神社に出ます。去年の春に一度訪れていますので、今回は行かず、道標に従って三諸の集落へ進みます。

柿本人麻呂歌碑
キンモクセイが香る
民家の庭に植えられているキンモクセイの香りが甘く漂い、季節を感じさせてくれます。集落は秋祭りらしく、子供神輿が元気よく練りあるいていました。
谷間を流れる巻向川は昨日の雨で瀬音高く流れていました。文学碑の一つに「旭日は三諸 夕陽を二上に 吾が故里は ありがたきかな」というのを見つけ、ここから見る夕景は素晴らしいとガイドブックに書いてあったのを思い出しました。
三諸の民家の祭り提灯
大きな柘榴が

地元歌人の碑

色づきがきれいな柿の葉

柿本人麻呂の歌碑
棟方志功作
拓本を採られ真黒
桧原神社
巻向川を越え、三輪山の裾を回ります。しばらく行くと桧原神社に着きます。大神(三輪)神社の末社で御神体は三輪山ですので、本殿はなく三つ鳥居から三輪山を参拝します。
さらに進むと下り道の角に玄賓庵が静かに佇んでいます。静かなお寺で私は気に入っています。悩める人が住職に話しを聞いてもらっていました。

玄賓庵
狭井神社
やがて、花鎮めの神様として有名な狭井神社に着きます。大神神社の末社ですが、寄進が多いとみえて造りがなかなか立派です。私も健康息災を祈り、裏手の御神水を頂いてかえりました。
次に、すぐ近くの展望公園に登り、遥かに大和三山と葛城山・金剛山、二上山を展望して一休みしました。
展望公園

大神(三輪)神社
少し歩くともう大神(三輪)神社に着きます。さすがに日本最古の神社です。広く堂々とした境内です。時刻を見ると4時近く参拝を済ませると、すぐに隣りの平等寺を通って帰路を急ぎます。

平等寺

金屋の石仏
金屋の石仏はちょっと手を合わせて、ホトトギスの咲く路地道を歩いていきます。昔の宿場町の雰囲気を残す街道を進むと海柘榴市跡に出ます。そして大和川の堤防にある仏教伝来の碑で山辺の道は終点です。
突き当たりが金屋の石仏

宿場町の面影を残す民家

海柘榴市跡

仏教伝来の地の碑
大和川の土手で
大和川を渡り、河川敷に咲いているコスモスの花で、三輪山を写真に撮り、日暮れて暗くなる中を後はひたすら桜井の駅まで歩き、電車で帰途に就きました。

花鎮め・・・春の桜の花が咲く頃に、花と同時に疫病もまた巷に蔓延することから、病気平癒・疫病退散を神に祈ることを「花鎮め」と言う様になった。

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