山口の秋を歩く

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山口市    11月13日

所用で山口県の江汐温泉で一泊したので、翌日小京都とも言われる山口市を歩いてみることにしました。曇りがちの天気で秋の肌寒さを感じる日でした。
 歩いたのは、県庁周辺から香山公園の洞春寺〜五重の塔〜瑠璃光寺〜毛利氏山口墓所〜一の坂川〜大内氏菩提寺龍福寺〜亀山公園〜山口駅のコースです。
 山口の街は古い町並みも残り、落着いた雰囲気で、あちこちに植えられている紅葉も見頃となっていました。

旧山口藩庁門
山口県庁前でバスを降りて県庁の建物の方向へ歩いていくと、お寺か城の門のようなものが建っています。これが旧藩庁の正門です。明治4年の廃藩置県以降も、大正に入って新しい県庁の建物ができるまで使われていた門です。大正時代に立てられた県庁と議事堂はなかなか味わいのある立派な建物ですが、今は資料館となって自由に見学ができます。県庁周辺も紅葉が多く、日曜日の今日は人影も少なく良い雰囲気でした。
旧山口県庁
(県政資料館)
旧県会議事堂
県庁前の紅葉

洞春寺山門
県庁を大回りするように歩いていくと(きれいな案内図が要所要所にある)香山公園に行けます。公園の端に洞春寺という毛利元就の菩提寺があります。山門や観音堂は重要文化財です。境内の紅葉も美しく静かなところでした。ここから香山公園に直接いける階段を紅葉を観賞しながら上ります。すると毛利家墓所の下に出ます。

洞春寺観音堂

洞春寺の紅葉1

洞春寺の紅葉2

洞春寺の紅葉3

洞春寺の紅葉4
香山公園の紅葉1
毛利家墓所のウズイス張りの石畳や横の茶亭露山堂の間を抜けて五重塔へ行きます。すると紅葉の間に美しい五重塔が見え、しばし立ち止まって観賞します。これが名高い瑠璃光寺五重塔です。この塔は足利義満の謀略による応永の乱で戦死した守護職大内義弘の菩提を弔うために当時ここにあった香積寺内に建立されたものです。
瑠璃光寺五重塔1
瑠璃光寺五重塔2

香山公園の紅葉2

香山公園の紅葉3
第24代大内弘世像
茶屋もある瑠璃光寺の山門
瑠璃光寺は大内氏の筆頭家老の陶氏の第六代弘房がその後の応仁の乱で戦死したのを弔うために建てられました。その後、焼失再建のとき、毛利氏が萩城建造のため香積寺を取り壊し用材を城に使用(塔は村民の嘆願で残った)し、跡地は廃寺のままの所へ瑠璃光寺が再築されました。五重塔もまた瑠璃光寺の管理するところとなりました。瑠璃光寺は曹洞宗の禅寺で格式高く、宇治の興聖寺とほぼ同格です。
賑わう瑠璃光寺の本堂

長寿薬師如来

鐘楼

山門と経塚
瑠璃光寺五重塔3
毛利氏墓所
 歴史的に考えると、足利幕府の守護職大内氏とその筆頭家老で、主家に叛旗を翻した陶氏、そして陶氏を滅ぼした戦国の雄毛利氏の関係と寺院の関係が、少し理解しにくい形でこの香山公園にはあるように思えます。
 また先日厳粛な雰囲気を持つ興聖寺を見ただけに、同じ宗派の瑠璃光寺の庶民的であけっぴろげな雰囲気の違いがおもしろかった。
第13代毛利敬親墓

茶亭露山堂
この香山公園には明治維新にまつわる二軒の建物が移築保存されています。茶亭露山堂は長州藩が幕府と対立し、藩が山口に藩庁を移してから、この茶亭で藩主敬親は臣下と度々幕府打倒の密議を行いました。もう一つは枕流亭で、慶応三年九月、土佐の坂本竜馬の奔走で対立していた薩摩と長州を倒幕のためここで盟約を交わした場所です。参加者は薩摩は西郷隆盛・大久保利通などで長州は木戸孝允・伊藤博文などです。

枕流亭の二階で薩長連合密約
瑠璃光寺五重塔4

若山牧水歌碑

サザンカ

香山公園の紅葉4

龍福寺山門
見所の多い香山公園を後にして、一の坂川沿いに遊歩道を下ります。途中で左に入り、大内氏の菩提寺龍福寺へ向かいます。途中で哲学者西田幾太郎の教師時代の旧居前を通ります。龍福寺は大内氏が1206年に創建し、後に大内氏最後の31代義隆の菩提寺として毛利隆元が現在の旧大内邸跡に再興したものです。ここの参道の紅葉もきれいでした。

龍福寺本堂

龍福寺の紅葉1

龍福寺の紅葉2

龍福寺の紅葉3

龍福寺境内
大内義隆辞世の歌
亀山公園の紅葉1
龍福寺から一の坂川へ戻り、直進して県立図書館や美術館がある亀山公園へ行きました。仰ぎ見ると緑の森の上に二本の十字架の尖塔が見えます。新らしく再建されたザビエル教会です。この亀山公園でまたまた見頃の紅葉を堪能して、後は山口駅まで15分ほど歩いて行き、今日の山口の旅は終了しました。
亀山公園の紅葉2

亀山公園の紅葉3

亀山公園の紅葉4

亀山公園の紅葉5
亀山公園の紅葉6

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