東福寺三門(山門) 東福寺本堂 東福寺禅堂 東福寺経堂
通天橋南入口で拝観料@400円を納めて通天橋へ入ります。紅葉の谷「洗玉澗」を跨いで南北に架かる橋の両側は紅葉で埋め尽くされ、洛南随一の紅葉の名所に恥じない光景が展開しています。下流の西側の臥雲橋が紅葉の木立の彼方に見え、上流東側の方丈庭園の展望台方向にも鮮やかな赤や黄の紅葉が彩っています。
通天橋(東)方丈側 通天橋(東)方丈側
臥雲橋を望む 紅葉の谷「洗玉澗」 通天橋より1 通天橋より2
通天橋の突き当りを登って行くと開山堂へでます。 東福寺は禅宗京都五山に列せられる臨済宗の大本山で、開山堂も中国の建築の影響を受けた様式が随所に見られます。名庭といわれる庭園の市松模様の砂文様枯山水は禅文化の質実剛健な雰囲気を表わしています。
 開山堂から通天橋へ戻り、紅葉の谷「洗玉澗」を巡ります。
東福寺開山堂 東福寺開山堂庭園
東福寺愛染堂
洗玉澗1 洗玉澗2 洗玉澗3
 錦秋織りなす紅葉の谷をゆっくりと写真を撮りながら巡りました。
 洗玉澗巡りで時間を取られすぎ、天気も曇り空で少し薄暗くなってきましたので、急いで方丈の裏側にある偃月橋を渡り、即宗院の小さな庭園を通り抜け、今はない、西郷と月照の密議の場所「採薪亭」跡を通り裏山に登りました。ここには明治維新後、西郷隆盛が維新で命を失った薩摩藩の兵士524人の慰霊碑を建立しています。
洗玉澗から臥雲橋 臥雲橋から通天橋
即宗院の紅葉 採薪亭跡の説明板 慰霊碑の場所 慰霊碑の説明板
  幕末の鳥羽・伏見の戦いでは、東福寺の背後の月輪山の中腹には、西郷が指揮する倒幕軍の大砲が据えられ、徳川軍に砲撃を行いました。西郷隆盛には思い出深い地であり、月輪山の歴代天皇陵を守る位置にもあたり、ここを維新の志士の慰霊の地に選んだと思われます。
  さて、一旦東福寺の参詣道の入り口に戻り、そこから月輪中学校の横から山越えをして、泉涌寺へ行きました。泉涌寺は天皇家の菩提寺で、森厳な雰囲気の真言宗の寺院です。
泉涌寺仏殿 泉涌寺霊明殿
歴代天皇の御霊を祭る
泉涌寺
清少納言歌碑の紅葉
泉涌寺本坊 泉涌寺塔頭来迎院 来迎院の紅葉
今熊野観音寺入口 今熊野観音寺本堂 今熊野観音寺大師堂 今熊野観音寺の紅葉
 泉涌寺は紅葉も少なく一巡して、今熊野観音寺に向かいます。 その途中にある泉涌寺塔頭の来迎院に立ち寄り、しばし紅葉を観賞しました。
 そしてそこから今熊野観音まで5分ほどで到着します。ここの大師堂の紅葉は見事でした。今熊野観音は西国観音霊場第15番札所であり、「ぼけ封じ」に霊験あらたかというので、参詣者で賑っています。
 私はここから泉涌寺道を下り、京阪電車東福寺駅まで歩き、電車で帰宅しました。
今熊野観音寺多宝塔
(医聖堂)
今熊野観音寺大師像
(空海・弘法大師)
今熊野観音寺本堂 今熊野観音寺大師堂 今熊野観音寺の紅葉 泉涌寺参詣道総門


東福寺・泉涌寺・今熊野観音寺

11月25日

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 風邪で一週間ほど家にひきこもっていましたが、23日に鶴見緑地のフラワーショーへ出かけて足慣らしをした後、今年の紅葉見物の目標である洛南の東福寺へ出かけました。
 混雑が予想されましたので午前中を狙って10時過ぎに京阪電車の東福寺駅の手前の鳥羽街道駅からスタートしました。東福寺の山門(三門)には南の鳥羽街道駅のほうが近いからです。案の定、ここから東福寺へ行く人はほとんどなく、山側の静かな道を5,6分歩いていくと三門に到着です。三門側は車の駐車場になっていて、この時間はまだ少な目でした。
 今日は、東福寺を三門、本堂(仏殿)、そしてお目当ての通天橋、開山堂へと進み、そして通天橋の下の紅葉の谷「洗玉澗」をめぐり、月下門出口から下流の臥雲橋で通天橋を眺めるコースです。
 東福寺の次は、もう一つの名橋「偃月橋」を渡り、NHKドラマ「篤姫」にも登場する西郷隆盛と鹿児島の錦江湾で入水死する勤皇の僧「月照」との密議の場所の即宋院を訪ねました。そのあとは月輪山を越えて泉涌寺へ行き、今熊野観音を巡って帰るコースでした。

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京都洛南の紅葉

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